ガスコンロの火

アンチ・オール電化

「スカーレット・ピンパーネル」(2016梅芸/2017宝塚星組)

2016年初演、2017年11月再演の梅田芸術劇場製作の「スカピン」、それから宝塚でなんども上演されている「スカピン」は同じブロードウェイミュージカルを下敷きにしながら、さながら二卵性双生児のような少し異なる容貌をしています。
梅芸版は再演が発表されたし、宝塚スカピンを先日観劇したので、下書きのまま放置していた感想を書き直し、また両者の違いについて考えてみました。


"1789年「自由、平等、博愛」の理想の元に蜂起した市民たちによりフランス革命が勃発してから数年。革命家ロベスピエールを指導者として頂くフランスでは粛清と恐怖の嵐が吹き荒れ、かつての貴族たちが次々にギロチンにかけられ処刑されていた。
それを憂いた英国貴族のパーシー・ブレイクニーは、「スカーレット・ピンパーネル」と名乗り、仲間たちと「ピンパーネル団」を結成し、密かに貴族たちの亡命の手助けをしていた。パーシーはフランスの元女優であるマルグリットと結婚するが、彼女に秘密でピンパーネル団の活動を行うパーシーとマルグリットの間には深い溝が出来ていく。
一方マルグリットの元恋人であり、ロベスピエールの部下の公安委員ショーヴランは、ピンパーネルの正体を暴くべく暗躍していた
ある日、マルグリットの弟のアルマンは、ピンパーネル団の一員として活動していたショーヴランに摘発され囚われの身となる。マルグリットはアルマンを助けるべく単身パリに渡り、そこで「スカーレット・ピンパーネル」の正体を知る。"


梅田芸術劇場製作 「スカーレット・ピンパーネル」

ピンパーネル団に相葉裕樹さん、太田基裕さん、植原卓也さん、廣瀬智紀さんといった若手俳優を配し話題になりました。梅芸スカピンはかなりコメディ寄りで、石丸幹二さん演じるパーシーが親父ギャグ*1をやたら飛ばしていました。ピンパーネル団のメンバーは(イギリス貴族であることがバレないように)色々な変装をするのですが、釣り人、物乞い、警官といった変装の中で廣瀬智紀さんが1人だけ女装をして花売り娘を演じていたのが印象的でした。 「私とお花、どっちが綺麗〜〜〜???」と叫びながら公安委員をしばくちゃんともさんの姿はしばらく忘れられませんでした。ちゃんともさんの方が綺麗でした。
ピンパーネル団は個々のキャラクター性は濃くないのですが、本役以外にも色々なところで顔を出しているので彼らを探すのも楽しみのひとつでした。

ピンパーネルの正体についてあちこちで噂される中行われた舞踏会に参加するにあたり、パーシーたちはピンパーネルであることが見破られぬよう、ド派手な衣装を着て斜め上のおしゃれをしてバカを装う「男の務め」という場面があるのですが「原色のフリフリのガウンに羽をつける」という派手でありつつもまともというか躊躇いが見られる衣装で少し残念でした。遠目からでも見分けがつくので色分けされるるのはとてもわかりやすくて良いです。

マルグリットの弟アルマンを演じていたのは矢崎広さんで、これがとっても可愛かったです。どんなに拷問されてもピンパーネルの正体について口を割らなかったにもかかわらず、共に捕まったマルグリットに対し「パーシーは絶対に助けてくれる!」と口を滑らせるうっかりっぷりが弟力高すぎて最高でした。かわいい……

好きなシーンは、パーシーが作戦の危険さに心が折れかけ、ピンパーネル団をフランスに帰そうとした時、メンバーが「炎の中へ」をアカペラでパーシーに語りかけるように歌う場面です。ピンパーネル団のメンバーはただパーシーに従っていたのではなく、彼らがパーシーの対等な仲間であることを確認するというか。ちょっと男子校っぽいなと思います。

梅芸版は全体的に痛快な冒険活劇!といった印象が強かったです。元になったBW版に近いのはこっちだとか。再演ではパーシー、マルグリット、ショーヴラン以外のキャストがガラッと入れ替わり、ピンパーネル団には久保田秀敏さんや多和田秀弥さん、東啓介さん、藤田玲さんが加わりました。演出陣も少し変わったので、再演ではブラッシュアップされるのかな?と期待しています。個人的には藤田玲さんの貴族の姿を見るのがめっちゃ楽しみです。




宝塚歌劇団星組「スカーレット・ピンパーネル」

梅芸版がコメディ寄りなら、宝塚版はエモの奔流といった感じでした。
元となったブロードウェイ版に小池修一郎氏によるかなり大胆なアレンジが加えられたそうです。その中でも最も大きいのはBW版と梅芸版にはない「王太子救出」のエピソードでしょうか。

国王ルイ16世、王妃マリー・アントワネットが処刑されたのち、幼い王太子ルイ・シャルルは病弱でありながらも幽閉され、虐待に近い扱いを受けていた。パーシーはルイ・シャルルの元を密かに訪れ救出を約束し、「勇気の歌」として「ひとかけらの勇気」を教える。やがて救出された王太子を匿う家をそうとは知らずマルグリットが訪れ、パーシーの理解不能な行動を嘆く。それを聞いた王太子は「僕の母は最期まで父を信じていた だからあなたもパーシーのことを信じて」とマルグリットに抗議し、マルグリットはパーシーがスカーレット・ピンパーネルであることを悟る。のちに公安委員に捕らえられたマルグリットはスカーレット・ピンパーネルをおびき寄せる囮として劇場に立たされ、革命を賛美するように命じられるが、彼女は反抗し王太子に教えられた「ひとかけらの勇気」を歌う。その場に忍び込んでいたパーシーからは妻への疑いが氷解するのだった。

まずエモいのは「ひとかけらの勇気」の使い方です。*2 梅芸版ではパーシーの決意の表現として歌われるのに対し、宝塚では曲そのものが意味を持っています。マルグリットがこれを歌う時にパーシーは(なぜかロベスピエール様の信頼篤い)謎の外国人グラパンに扮しているのですが、マルグリットの歌を聞くときはそれまでのおちゃらけた雰囲気は何処へやら、本気でびっくりしているんですよね。

それから「マルグリットがピンパーネルの正体を、彼に助けられた王太子により知る」という展開もかなりドラマチックです。弟がうっかりバラしてしまう梅芸版との温度差がすごい。でもアルマンの存在感は梅芸の方が大きいかもしれません。可愛いし。

印象的だったのはロベスピエール役の七海ひろきさんです。己の揺らぐ権力に対し「まだ革命は完遂されていないのに」と焦りを見せるソロは、史実でのロベスピエールの状況(間も無く処刑される)と重ね合わせると聞いていてとても苦しかったです。あととにかく美しくてかっこよくて最高でした。*3


これまでスカピンはただ楽しいコメディだと思っていたのですが、(宝塚版は)初めて生で観劇したからかあるいは歳のせいか、やたら涙が溢れてしまい困りました。結婚した途端よそよそしくなった夫に戸惑い、必死にかつてのパーシーを取り戻そうとするマルグリットに感情移入してしまったり。ラストにパーシーに出し抜かれるショーヴランも(そしてロベスピエールも)遠くないうちに処刑されてしまうことが悲しく思えました。おそらくロベスピエールたちは革命が完遂されれば「自由、平等、博愛」の精神が具現化すると信じていたわけじゃないですか。その高潔な理想が粛清の嵐を呼び起こしたという事実が悲しいです。
これまでロベスピエールは峻厳な独裁者であるが、パーシー扮するグラパンにすっかり騙され彼も周囲も振り回される、というユーモラスな役だったのですが、16年の梅芸版から"NEW AGE OF MAN"というソロが追加され、ロベスピエールという人物が抱く悲壮な決意とジレンマが描かれるようになりました。パーシーたちの大義だけでなく、革命側の理想とその変質という視点が加わったことでより作品の余韻が増したのではないかと思います。*4




こうやって比べてみると同じミュージカルのはずなのに随分印象が異なるなあ、と実感します。素材がいっしょなだけにカンパニーの個性というか、表現したいことの違いが如実に伺えて面白いなあと思いました。梅芸は冒険小説っぽくて宝塚はロマンティックなんですよね。

それにしても、2016年10月にスカピンやって、17年の3〜5月にもスカピンやって、さらに11月にもスカピンやって…ってどんだけスカピン好きなんだよ、わかるけど…と思いました。*5


秋の梅芸版の再演も楽しみです。

*1:結構滑っている

*2:これは宝塚で上演されるにあたり書き下ろされた曲だからある意味オーダーメイドみたいなもんだけど…

*3:ご本人は面白くて明るい二次元オタクだって本当に本当ですか?ますます好きになってしまうかもしれない

*4:スカピンのロベスピエールを「影」とするなら、同じ小池修一郎による「1789」で描かれるのは「光」の部分でその対比がエモくて最高

*5:去年の夏には東宝と宝塚が東西でエリザベートやってたけど……