ガスコンロの火

アンチ・オール電化

「モーツァルト!」初日を観劇して

ザルツブルクの宮廷楽師のレオポルト・モーツァルトの5歳の息子であるヴォルフガング・アマデウスモーツァルト音楽の才能は「奇跡の子」との賞賛を受けていた。だが父は語った——「大人になったら、ただの人になってしまうかもしれません」
時は流れ、ヴォルフガング(山崎育三郎/古川雄大)はザルツブルクで領主のコロレド大司教(山口祐一郎)の下で気ままに作曲活動をしている。父レオポルト(市村正親)はヴォルフガングの奇抜にもみえる自由な振る舞いに頭を痛めていた。そんなヴォルフガングのそばには「アマデ」———「奇跡の子」と呼ばれた時のままの「才能」がいつも寄り添っている。
血気盛んなヴォルフガングは、厳しく権威的なコロレド大司教の下での仕事と生活を倦み、成功を求めてザルツブルクを飛び出した。しかし、大きくなった「奇跡の子」は子供の頃のような名声を得ることはなかった。浪費を重ねた上に母を失い、失意の中ヴォルフガングは故郷に帰る。レオポルトは相変わらず勝手な振る舞いをする息子に手を焼くが、古くからのヴォルフガングの才能を支援してきたヴァルトシュテッテン男爵夫人(涼風真世/香寿たつき)は、父の庇護下を離れウィーンでの音楽活動を勧める。
ウィーンに移り住んだヴォルフガングは、かつて出会ったコンスタンツェ(平野綾/生田絵梨花/木下春香)との仲を深め、結婚する。
ウィーンにもコロレド大司教の手は伸びていた。コロレドは、自分を愚弄し、教会の権威を冒涜するヴォルフガングの成功をことごとく阻もうとする。ヴォルフガングは3度コロレドと争い、ついに決裂する。
ヴォルフガングは大きな成功を収めるが、妻コンスタンツェとはすれ違い、また父や姉ナンネール(和音美桜)との溝は深まる一方であった。そして、ついに和解することなく父は世を去る。
1789年、フランス革命が勃発する。革命の波はオーストリアにも広がり、ヴォルフガングはこれまで貴族のために奏でられていた音楽を市民のために作ることで改革の動きに参加する。完成したオペラ「魔笛」は大人気を博し、ヴォルフガングは名誉をほしいままにする。
———そしてある晩、謎めいた人物が彼の元を訪れて「レクイエム」の作曲を依頼する。



2018.5.27 17:45公演


◆感想
すごく良かったです。今回M!という作品を初めて観劇したのですが、楽曲のパワフルさと生々しい登場人物の感情に圧倒されてしまいました。強烈でした。全然まだ咀嚼しきれていないうちに、好きな俳優の帝劇初主演の公演が終わってしまいました…笑


◆作品について

  • セット

まずセットを見て驚いたのが、銀橋があること!しばらく宝塚にハマっていたので、ここは東京宝塚劇場か!?!?としばし混乱しました。ヅカをご覧にならない方のために説明すると、銀橋とはオーケストラピットの上にある上手下手の花道をつなぐまさに「橋」のような姿の舞台のことです。世界線が違うので見ることはないだろうと思っていた古川くんの銀鏡渡りを見られて謎の感慨がありました。
制作発表では「セットはシンプルに、ピアノ一台」と聞いていたので帝劇の舞台にグランドピアノがポツン……とあるような様を想像していたのですが、全然違いました。巨大なピアノ状のオブジェがあり、盆が回ると階段であったり平地であったりと変化する感じでした。あんまりよくわかってないです。とりあえず盆は回ってました。

  • 衣装

古い衣装をあまりよく知らないのですが、何枚か追加されているようです。ヴォルフガングが黒い革のロングコートを着るのですが、ワッペンがいっぱい付いていてなんとなくモスキーノのコートみたいだなって思いました。文字が書かれていたのですがドイツ語がわからない!
ウィッグは相変わらずドレッドです。ヴォルフガングの姿が現代風なのは、彼の精神の時代との乖離や革新性を表しているのですが、それでドレッドか…とは思います。小池先生演出の韓国のモーツァルト!では、普通の巻き毛なのであっちの方が好きかもしれない……。

  • 楽曲のこと

曲は本当に好きです!DVDで見て以来、香寿たつきさんの「星から降る金」を聞きたいとずっと楽しみにしていたのでそれが実現して嬉しいです。香寿さんの厳しくも愛情と温かみのある歌声が大好きです。
破滅の似合う役者として名高い(?)古川さんだけあって、ヴォルフガングがどんどん堕ちていく最中の曲は特にうまいなあと思いました。「なぜ愛せないの」「残酷な人生」「影から逃れて」とか。面目躍如です。
いつもノーブルでスカした役が多い古川さんですが、コロレドと喧嘩する「何故だ、モーツァルト!」や「並の男じゃない」での荒れっぷりもちゃんとガラが悪かったです。お上品な役柄ばかり見て来たから忘れていたのですが、昔のイキリ川さんの片鱗を見た気がしました。

それから、今回の新演出で追加された「破滅への道」での山口祐一郎さんとのデュエットのことです。2012年、古川くんの初めて大きなミュージカルである「エリザベート」でルドルフ役を演じたときの稽古で、山口さんとのデュエットの「闇が広がる」を練習した時に泣いてしまうくらい悔しい思いをした古川さん。*1
それから5年経った今では、ヴォルフガングとコロレド大司教として、対等に戦っている!ということが嬉しく感じられました。

初日ではかなり緊張が伺える感じの歌だったのですが、多分これからこなれていくのでしょうか。楽しみです。
新キャストの中で歌が楽しみだった和音美桜さんの歌もやっぱり素晴らしかったです!でも曲が減っていて残念でした……。

  • 脚本のこと

あんまりまだ咀嚼しきれていないです。時代のうねりの中で、父権と宗教のくびきからの解放という出来事をヴォルフガングの人生を通して描いた作品なのかなって感触を得たのですが、それだと「才能が宿るのは魂か、肉体か?」というテーマに答えていない気もしますし。ただ、作品を通じて権力者というものに対してものすごく冷ややかだとは思いました。多分ドイツ語から翻訳しきれていない部分とかニュアンスが多分に含まれてそうな気がします……コロレド大司教という宗教的指導者が世俗を統治するという感覚はあまり実感がないので。もう少しまじめに調べたり考えたりしたいです。


◆古川ヴォルフガングのこと
古川さんは以前「ヴォルフガングという役を演じるには、今までの引き出しにないものを見せなければならない」と語っていたのですが、たしかにこれまでの古川では見られなかったような意外なアプローチでのヴォルフガング像で面白かったです。映像でしか知らないのですが井上ヴォルフは悪態を吐く時もどこかお坊ちゃんの反抗といった印象でしたが、古川ヴォルフは田舎のヤンキーでした。クソガキ。
「クソ喰らえ!」の巻き舌っぷりが本当にヤンキーっぽいというか…ガラが悪くて最高!!!!大好き!!!!

だからこそコンスタンツェとの恋愛もある意味割れ鍋に綴じ蓋(あんまりな表現すぎる)といった感じで面白いです。
ヴォルフガングという人物は、普通の人間には大きすぎる才能を背負って生まれてきた人なので、音楽家としてのヴォルフの姿と、等身大の人間としてのヴォルフガング像に乖離があるのは理解しやすいです。
前述したように苦悩して混乱するヴォルフガングの演技は本当に最高でした。明るい役の古川さんも好きですが、やっぱりズタボロになるときの古川さんは謎の滋味があります。
歌に関しては(かなり贔屓目だけれども) よかったです。私は好きなのですが声質で損をして、あまり目立たない歌声に聞こえる時もままあったのですが今回は「影から逃れて」でも分厚いコーラスの中響く声がとても綺麗でした。元々ロングトーンが美しいので、歌い上げ系の曲が特に良かったです。
演技に関してはかなり初日と楽での印象が変わる役者ですし、歌もこれからどんどん進歩すると思うと楽しみいっぱいです。


◆思ったこと
「僕こそ音楽」を歌い上げた時の万雷の拍手、カーテンコールでの鳴り止まない拍手が全てを語っていたと思います。

古川雄大さんが初めて帝劇0番に立つ日、そして古川ヴォルフガングの誕生を見届けられてとても嬉しいです。本当に本当に嬉しいです。